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それぞれの住まいづくり

本当の豊かさとは? ゆったり流れる時間だったり、心やすらぐ空間だったり…。 sloeに生きるための住まいづくりを応援します。

速攻で「できない」という人

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切り花のシュートからの挿し木につぼみが!

自分にも当てはまるときがあって反省なのですが、
つい、「できない」と速攻で答えてしまうことありませんか。
時間に余裕がなくて、気持ちにもゆとりがないときはありがちです。

一番ダメなのが、クライアントに対して。
こちらがプロなので、物理的に無理な要望に対して「できません。」とやってしまいがちです 。
例えばリノベーションで、構造上重要な柱や壁を撤去したいという要望。
絶対やってはいけない事であっても、速攻で「できません。」を連発していると、
この設計士さん、ダメダメばかりでいうことを聞いてくれない、
となるのです。
どうしてできないのか、やれる方法はないのか、
そもそもなぜ取りたいとクライアントが考えたのか。
速攻でできませんを言う前に、一旦、立ち止まるべきかと思います。
わたしも、できないと言ってから、後から別の視点で見てみると、
解決策が見えたりするのです。
なんで、一旦持ち帰らなかったのか、次回再度提案してみよう、と思い直すことはあります。

監督さんでも、速攻「できない。」と返ってくる人もいれば、
「検討させてください。」と解決案を考えてくれる人もいます。
クライアントにとって何がベストかと考える人もいれば、
余計な仕事を増やしたくない、と考える人もいます。
どうやったら追加無し、あるいは最小限の追加ででうまく納められるか、と考える人もいれば、
追加(高額だったりします)をしなければやりませんという人も。

勘違いしてはいけないのは、御用聞きのような営繕屋さん。
クライアントう言われるまま、通し柱を切っちゃったり、大切な耐力壁を撤去し、
それに対して構造計算もせず、つじつまの合う補強もしない。
リフォームにありがちです。
(実際、そういったリフォームを繰り返してきたクライアントさんを何件も見てきました)
「できません。」を一切言わないのも恐ろしいのです。
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  1. 2022/07/04(月) 11:45:45|
  2. 住まい
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進化した現場ツール

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切り花のシュートとローズマリー(本文無関係)

年賀状からこのブログは書いてなかったと気付きました。
時間に追われ息つく間もなく、ひたすらTODOリストを書いては消しを繰り返し、
ふと一段落した今日この頃です。

現場はまだまだ工事の真っ最中ではありますが、しっかりとした監督が牛耳ってくれています。
様々な現場の質疑や今の状況など、都度ラインなどでやり取りして、
画像を見つつ、あれこれ調べたり指示したり。
やろうと思えばビデオ電話もできるようになりました。
遠方の現場の多い私にはなんて便利なツールだろうと思います。
ラインなんてずいぶん前からありましたが、ここまで現場で普及するのは、
コロナのせいかもしれません。

コロナでWEB会議やセミナーも増え、
いままで勉強会は1日つぶれていたのに移動時間が無くなって
時間が有効に使えるのっていいな~としみじみと思ってます。

でもやっぱりクライアントとの打ち合わせにまだWEB打ち合わせはやってません。
事務的なことであればいいけど、
相手の表情やしぐさ、声色で伝わる小さな変化に気付けず、鈍感になってしまいそうで、
プレゼンや営業には不向きかなと思うのです。

複数の人数での打ち合わせも、誰か一人に意識がいってしまい、
気付いたら言いたいことが言えなくなっている人がいたなど、
対面ですらそういう失敗をするのです。
一人一人に丁寧に向き合おうと思えば、
便利ツールではまだまだできないことはあるのかなと思います。



テーマ:建築 - ジャンル:ビジネス

  1. 2022/06/13(月) 15:44:43|
  2. 住まい
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あけましておめでとうございます

HP用

テーマ:毎日の暮らし - ジャンル:ライフ

  1. 2022/01/01(土) 00:00:00|
  2. 徒然
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先を考えること

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高齢者と、身内を始め仕事でも関わることが多くなってきました。
元気なうちは、たとえ80歳を超えていても、
老いというものは他人ごとだったりするものです。
歩くのがゆっくりになってきておや?と周囲が思っても、
本人は気づきません。

高齢者の住まいは、歩くのがおぼつかなくなってしまうのがもう近いということを認識しなければなりません。
転倒防止を重点に置き、長い廊下を歩いて夜中にトイレに行く、
等の間取りは解消すべきです。
でも、元気なうちは他人事で、ほんの数年先にどうなるかなど
考えないものです。
以前、リフォームの打ち合わせで、寝室のすぐそばにトイレをプランしたところ、
1階にトイレを二つもいらないと言われました。
信用されていないのか、こちらの助言には耳を貸しません。
今あるトイレの近くを寝室にするプランも却下。
高齢のクライアント曰く、
いくら広い家だって言ったって、しょせん家の中よ。
どれほど歩くっていうの?
今までだってこうして暮らしてきたんだから。

結局、やっぱりトイレが必要ということにはなりましたが、
打合せの期間に足や腰に不具合が出て、やっと気付かれたようでした。

施設には入らないと頑張っていた身内は、
ほんの1年で急にフレイルが進み、歩けなくなってしまいました。
赤ちゃんが1年でものすごくいろんなことができるようになるのと反対に、
高齢者は1年でいろんなことが急激にできなくなるということを思い知りました。
もう1か月早く説得しておけば、と思うことしきり。
本人もやっぱり施設しかないと悟り、
こんなになるとは思わなかった、といつも口癖のように言っています。

急に衰えたように見えますが、実はじわじわ時間をかけて衰えは始まっていました。
そうなる前に、
今できる、’負荷をかけること’を日々続けるといいのです。
骨や筋肉は多少負荷をかけないと衰えていくからです。
筋肉が衰えると姿勢を保つこともできなくなってきて、
転倒しやすくなったり、転倒すれば骨折などの大きなけがをしやすくなります。
入院して、1週間でも動かなければ、
補助なしで歩くことはできなくなるのです。

テーマ:老人介護 - ジャンル:ライフ

  1. 2021/12/21(火) 17:16:07|
  2. 住まい
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気は心

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PCでひなたぼっこ

以前、まごころのある会社に書いたのですが、そのほかにも思うことがあります。
大抵の人は、誰かにやってあげたことには敏感でも、
やってもらったことには鈍感になりがちということ。
無論、本当にピンチを助けてもらったり、苦しいときの救いになったりという、「恩」となれば別です。
そうでない、日常のちょっとしたことの場合です。

仕事でも同じです。契約にないことや、サービスに対し、
自分ができることであればをすべてやって、初めてクライアントが喜んでくれたり、謝意を示してくれるものです。
気は心、至れり尽くせりで、やっとそういう関係がつくれるのです。
そういう、部分のない人は、
しっかり見透かされ、最後に文句を言われます。
でも本人は決まった仕事を決まった分だけやっているのに文句を言われることが腑に落ちないようです。
そこを理解できなければ、
一生いいクライアントには出会えないでしょう。



  1. 2021/11/29(月) 19:19:26|
  2. 住まい
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ため込む人々 その2

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うちのバラ 秋にもたくさん咲きます

母の年代は物資の何もない時代を経験しているため、
物を捨てられない人が多い。
ただ、欲しいものもなく、あれこれ買うこともありません。
でも捨てられないため、買ったものではない「モノ」を捨てず、
使うこともなくたまってしまうのです。

古いカレンダーの裏は、メモになり、キッチンマットになり、
でも使い切れず置いてあって、テーブルを占拠しています。
そこら中にメモはあるけど、探せない。
小さな手帳を渡し、すべてここにメモすれば?
と言っても、長年の習慣は変えられず…。

物を処分するのは労力がかかります。
時間と共に、物はじわじわ増えていきます。
処分すると同時に、処分した物への執着は消え、
欲しいとも思わなくなり、欲しいものはだんだんなくなっていきます。
欲しいものがなくてもじわじわ物は増え続けます。

大量消費社会はまだ続くのでしょうか。
何でも買える、お金持ちの日本人。
どんどん生産して消費させなければ回らない社会。
格差は広がり、グローバルになるほどに労働力搾取は進みます。

回顧主義ではないけれど、
もうちょっと、メリハリをつけてもいいかもしれません。
資本主義の大量消費が続いたとしても豊かさを感じなくなっているこの時代。
物にあふれ、居場所のない住まいもその一つだと思います。

捨てるくらいなら買わない。
でも社会を回していくにはどうすればいいのでしょうか。
一人一人が考え、行動しなければならない時代になっていると感じます。







  1. 2021/10/15(金) 11:35:40|
  2. 住まい
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まごころのある会社

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本文無関係

このところ、「まごころ」という部分で対照的な事例に遭遇しました。
とある現場の若い監督さん。
お仕事がとても丁寧で、ちょっとした納まりの質疑もラインで送ってくれました。
小さな部分も、よりよく、より使いやすく、より美しく、と
細かな気遣いが感じられ、
その人柄と仕事に、ああ仕事の出来不出来はこういったことで決まるんだと感じました。
面倒な部分も嫌な顔一つせず、逆に私の方を気遣ってくれる始末。
施主さんにもそういった部分が通じて、
たいそう喜んでくださいました。

それに引き換え、少し遅れて始まった別の施工者の現場は、
営業さんがいちいち「追加」の連呼をしてきます。
施主によりよい住まいを提供しよう、
という肝心のまごころは感じられません。
無論、かかる部分はかかります。
納得のいく追加であれば施主さんは受け入れることと思います。
でもそうではありません。
やむを得ない、ちょっとした特注にも、差額を提示すればいいのに、
勝手にダウングレードを平気でやって、
こちら(設計者)の了承もなく施主にはOKを出させます。
さらにダウングレードにも関わらず特注差額追加するという始末。
会社の利益率と自分の評価に固執し、
施主の利益で動いているのではない人物。

こんな人と一緒に仕事はしたくありません。
以前も似たようなことがあったのに、また同じ人物と仕事をする羽目になり、
とても後悔しています。
次からは断ろう。
  1. 2021/10/05(火) 22:24:03|
  2. 住まい
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1%のひらめき、その大切さ

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何かのネット記事で1%のひらめきと99%の努力というのを見ました。
これはビジネス全般に言えることと思います。
設計の仕事に例えれば、1%の部分は全体のコンセプト、エスキス、大まかなプランニングです。
きらりとしたひらめきをどうやって生かそうかとわくわくプランします。
その風景やイメージは、私の頭にはありますが、
クライアントに説明したってピタッと通じるわけもなく。
プレゼン用のパースや、時には模型を使って、
伝えていきます。
そこまでが営業活動になるのですが、
その時点で、この設計者に頼んでみよう、
と思っていただかなければ先には進みません。

会社員であれば失注しようと給料はもらえますが、
個人営業者はゼロどころかマイナスになります。
プレゼンに要した時間は給料換算すれば10万円以上。
それでも、その1%のひらめきがクライアントに伝えられたからこそ、
これまでやってこれています。
クライアントも一緒にわくわくしていただければ、
次の段階に進みます。

ご契約いただいてからは、99%の作業が始まります。
ここが努力。かなりの時間がかかります。
でも、その1%のひらめきがあるからこそブレずに進めます。
そこが間違っていれば、無駄な99%になってしまうのです。

設計は頭脳労働です。
プレゼンは大きな要(かなめ)です。
ひらめきと試行錯誤と、
とてつもない労力を使っています。
短期間に瞬発力で作業します。
まるで100mの短距離ランナーのように。
十数秒のなかにどれだけのトレーニングと歳月があったかと同じです。
すべてクライアントのために。
タダではありません。
タダだと思っているのであれば、
それは知的財産と労働力の搾取に他ならないと
知っていただきたいと思います。



  1. 2021/08/17(火) 10:49:08|
  2. 仕事について
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労働力の搾取

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資本主義というのは、いつしか労働力を搾取し、
お金を操るものへひたすら集まる仕組みのことになってしまいました。
グローバルになればなるほど、国の差は広がり、
搾取の連鎖も広がります。

私たち日本人も世界規模で見れば搾取側になるかと。
かわいそうなくらい安い衣料品や、家電品、
(産地を選ばなければ食品だって)それらを生産している労働力に見合う価格ではないことに
気づきます。

国内でいえば、わたしが仕事をしている建築の世界もしかり。
下請けとなれば、労働力に見合う収入などなく、
いいものを設計しようとすればするほど、自分の時給は下がります。

住宅を規格化して大量生産すればいい。
中小工務店や個人事務所をなくせばいい
と思われるかもしれませんが、
規格化して安くできるようになれば、
その安い住宅に厚塗りの化粧をして広告宣伝をし、高く売る。
ブランドを構築し高級と刷り込む。
そういった大手のみが残るということになってしまいます。
同じような家しか建たなくなり、
個性も、個々の価値観も均一にされ、消費者はまんまと騙されるのです。

頭脳労働者と現場労働者からは労働力を搾取し、
そのお金は大企業が内部保留としてため込む構図は変わりません。
投資家ばかりを見て本来の労働や技術に対しては払わない。

これが資本主義なんでしょう…。
モノ作りはこのままでは衰退してしまうのではないかと思います。
せめて住宅は、個性豊かに、価値観も様々であってほしいと願うばかりです。
そして、技術と労働に正しい対価を払えるようになってほしい。
スクラップビルドで30年で価値のなくなるものではなく、
30年でさらに価値の上がるものとなれば、
土地のみならず上物の住まいも不動産として資産になるはずです。

  1. 2021/06/22(火) 18:38:13|
  2. 資本主義
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ため込む人々 その1

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9年前のある日(本文無関係)

仕事上、多くの住まいを見てきましたが、
日本人はみな物をたくさん持っていて、ちょっと欲しいものは何でも手に入るお金持ちだと感じます。
営業や広告はとても優れていて、消費者は心躍らされます。
消費大国なのです。それで経済をまわしてきたのですから。
国内需要はなかなかのものです。
そういう私も、セールの案内が来ると心躍らされてます。
はい。

そういった構図があるため、
日本の人々は住まいにお金をかけずに、物に多くのお金をかけていることに気が付きません。
どんどん増えていく衣類。
収納できなくなるとクローゼットやタンスを買います。
部屋には4~6竿もランスがあって、さらに簡易ハンガーパイプがあって、
でも足りなくて鴨居にもずらっと洋服が…。
よくある光景です。

ゴルフバッグは4つも5つもあるし、
旅行かばんも7個や8個あったりします。
日当たりのいい縁側には健康器具が二つ三つ…。

冷蔵庫はおおきなもの一つには収まらず、小さいのがもう一つあったり、
健康水の巨大なサーバー~それに伴うストックの大箱もよく見かけます。
調理道具は、電子レンジにオーブントースター。
さらに本格的オーブン。
電気ポットに炊飯器が二つ。
グラインダーやらジューサーやらホットプレートも2つや3つあったりします。
コーヒーメーカー、アイスメーカー、かき氷気…。

その場その場で簡単に手が出るけど、10年~30年経てば、
積もり積もって1千万円以上使っちゃっているんでしょうねぇ。
住まいにそれだけ掛けたらもっと豊かな暮らしになるでしょうに…。
価値観は人それぞれですが。

買ったものは容易に処分はできません。
愛着があったり、もったいなかったり、買ったことを後悔したくなかったり。
そして何より、長年積もり積もったものを処分することは、
重労働であり、身も心もくたくたになってしまうのです。
億劫で、つい後回しにしたくなります。
そんなことしなくても生活は続けられますから。

高齢者になってからもう使わないことに気付き、処分を…
となっても、それはもはや不可能です。
(独立した子供たちは忙しいのです)
まだ数十年、気兼ねなく暮らしを楽しみたい。
そういう意欲のある、元気なうちに、
空間の広がりや、心豊かになれる美しい住まいに
変えてみてはいかがでしょうか。
生活~人生が見違え、激変します。

つづく



テーマ:**暮らしを楽しむ** - ジャンル:ライフ

  1. 2021/04/19(月) 18:00:00|
  2. 住まい
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プロフィール

enusu

Author:enusu
HN(ハンドルネーム)えぬ
一級建築士事務所を開設しています。
居心地のいい住まい、
そして美しいたたずまい。
そんな住まいをこころがけています。
店舗デザイン、インテリアコーディネートも得意分野。
エコでスロウな生き方がしたいなぁ。

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